ユリの紋章

1473年、神聖ローマ皇帝よりユリの紋章を授与されている。

1485年銀の先買権を手に入れ莫大な利益を獲得する。  

1490年、銀山のあるティロルの領主がマクシミリアン1世となった。これをきっかけにヤーコプは神聖ローマ皇帝と結びついた。

1494年8月18日、ヤーコプの息子であるウルリヒ、ゲオルク、同名の息子ヤーコプの3兄弟が契約を交わし、正式に商会を設立した。この契約は兄弟で資産を分割せず、生き残った商社員が商会を運営していくというものであり、フッガー家の特色となった。同年にはノイゾールの銅山を入手。

翌年トゥルゾー家と「ハンガリー貿易会社」を設立した。これがシレジアの金山の大部分を支配した。ヴェネツィアなどにも支店を持った。  

ゲオルクとウルリヒが死亡し、1511年にヤーコプは「ヤーコプ・フッガーとその甥たち」という商会を設立した。同年、ヤーコプは神聖ローマ帝国の貴族に列せられ、1514年には伯に叙せられている。ヤーコプはスペイン国王やローマ教皇の御用銀行でもあった。

1517年の贖宥状(免罪符)販売は、ブランデンブルク公がフッガー家への借金を返還するためでもあった。  

1519年、カルロス1世に選挙資金を貸し付けた。カルロスはフランス王を抑えて皇帝に選ばれた。ヤーコプは、カルロスの支配するナポリ王国の収入の一部や、レコンキスタ完了後に国有化の進んだスペイン騎士修道会所領の地代収入から債権を回収した。一方で、ヘルマン・ケレンベンツによれば、カルロス5世はフッガー家よりもジェノヴァの銀行から多くを借り入れていた。